大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都家庭裁判所 昭和32年(家)1663号 審判

(本籍 広島県 住所 京都市)

申立人 アイールズ博之(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立の要旨は申立人は当庁昭和三一年(家)第二一二七号養子許可事件による許可に基ずき昭和三一年一二月五日米国籍フランク・カール・アイールズと縁組して、その養子となり養父と同居中であるが未だ米国籍を取得することができないために、申立人の氏名は戸籍上縁組前と同じく依然として吉田博之である。しかし申立人は全生活を通じてアイールズ博之の呼称を用いており戸籍上が吉田姓であるため事毎に不便を感じている。なお米合衆国上院において申立人が米国への入国に必要な旅券を発行しうるようにするために申立人がフランク・カール・アイールズの異国籍の子であることを認めるべき法案が提出され、同法案通過のためにも申立人の氏名が戸籍上アイールズ博之となつている必要があるので戸籍法第一〇七条により申立人の氏吉田をアイールズと変更することの許可を求めるというのである。

すなわち本件は戸籍法第一〇七条による氏変更の手続によつたものであることが明らかであるが同条は家庭裁判所の事前許可を要件とする戸籍上の届出による創設的な氏変更を認める趣旨の規定と解すべきであつて例えば婚姻養子縁組などの如き何等かの身分行為に基ずき当該身分法上の効果として身分関係の変動とともに実体上氏の変更を生ずる場合は、もはや同条による氏の変更につき許可を求める利益はないものと考える。かかる身分関係の変動に附随する氏の変更は一定の身分行為がなされた結果として当然氏も変更され、戸籍の記載は単に事後的に氏変更の事実を表彰する意味をもつに過ぎず戸籍上氏の記載を変更するために何等特別の行為は要求されてないのである。(これに反し上記戸籍法第一〇七条の氏変更、民法第七九一条戸籍法第九八条の子の氏の変更、民法第七五一条戸籍法第九五条の婚姻解消後の復氏などは身分行為の有無と無関係な創設的な氏変更手続であつて戸籍上の氏そのものの変更を目的とする届出の如き方式行為がなされない限り氏の変更は生じない。)

ところで本件において申立人は戸籍上は実方である吉田の氏を称し筆頭者吉田文平と同籍しているが身分的には既に昭和三一年一二月五日に米合衆国ミネソタ州に本国籍を有するフランク・カール・アイールズと養子縁組してその養子となつているものであることが記録添付の申立人戸籍の抄本と当庁昭和三一年(家)第二一二七号養子許可事件に徴して認められるのであるが、かかる渉外縁組について考える場合にも氏変動の問題は縁組の効力範囲に属すると見るべきであるから法例第一九条に従つて養親の本国法たるミネソタ州法に拠ることとなり同法(家庭裁判月報第七巻第一号所収)によれば養子は養親の氏を称するものと定められていると認められるから結果的には内国法上の縁組の場合と異なるところはない。そうであるとすれば申立人は上記縁組によりアイールズを称するに至つたものというべくその戸籍記載については本件の如き渉外縁組の場合は技術的障害が考えられないではないが、氏変更の点をいかなる取扱によつて表彰記載するかは専ら戸籍事務処理上の行政的事項として解決が図られるべき問題であると考えるのが相当であり、本件において実体上変更を生じた氏につき単に戸籍記載を合致訂正する目的のために重ねて戸籍法第一〇七条の手続により吉田からアイールズへの創設的変更の許可を求めることは許されないものというべきである。

附言すれば一般的に本件のような他国籍人の養子となつた者の場合同人を従前の戸籍から除くことなく単にその身分事項欄に当該養子縁組の記載をするにとどめる現行戸籍の取扱は昭和二六年一二月二八日民事甲第二四二四号法務省民事局長回答により米国人男と日本人女との婚姻につき「日本人女は婚姻によつて日本国籍を喪失しないので同女に関する戸籍取扱としては外国法(又は慣習等)による呼称を顧慮することなく引続き同女は民法の規定による氏を保有するものとして処理するのが相当である」と指示した先例に拠つているものと解されるが、既に他人の養子となり養親の氏を称するに至つたものと考うべき場合に、たとい養親が日本に戸籍を有しないとはいえ依然実方戸籍から除かれることなく従前の氏を称している如き観を与える前記戸籍の取扱には検討すべき点があると思われるし、なおかりに上記回答のように外国人と婚姻(養子縁組についても同じ)しても従前の氏を保有するとの考え方に立つならば戸籍法第一〇七条の許可申立手続は戸籍の筆頭者及びその配偶者からなされなければならないことは同条の規定から窺い得るから筆頭者でない本件申立人からの申立は不適式となさざるを得ない結果になるであろう。しかし当裁判所は上述のように申立人は既に養子縁組の結果、従前の氏を保有しないとの見解にしたがい同人は戸籍法第一〇条による創設的な氏変更につき許可を求める利益を有しないと解するから結局申立を不相当として排斥することとし、よつて主文の通り審判する。

(家事審判官 土屋連秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例